宝塚のある方のブログでうまく解釈できない文章が、、、 約1…

質問と回答
  • 宝塚のある方のブログでうまく解釈できない文章が、、、 約1ヶ月前に、憧れの宝塚音楽学校に合格した生徒が、レッスンに来ました♪名古屋から土曜日日曜日と大阪まで来て、朝から夜までみっちりアクトレスKでレッスンし、平日は名古屋でほぼ毎日バレエや声楽のレッスンに励んで、3度目の受験でやっとの思いで合格!! やるだけの事はやって来た!!という気持ちで受験したはずなのに、合格して晴れて予科生になってから間もない今。。。 『もっとレッスンしておけばよかった…』と言っています。 彼女よりも一足早くタカラジェンヌを経験している私は、この言葉の意味がよく分かります はたして受験生には分かるかな??? *芸事には100点は無い*限界は自分が作る という事です。 成績の1番は取れても100点は取れません。 常に向上心がなければ芸は磨かれないものです。 やりきったと言う言葉は素晴らしい言葉ではあるけれど、自己満足かもしれない… 満足する事なく、常に前進しようという気持ち、向上心を持っている事が大切です 私自身、『周りの期待が怖い』というのが現役時代の悩みでした。 優等生なんだから出来て当然でしょ!という目で見られる。けれど、私にも苦手なものがあるのに…でもそんな姿は見せられない…自分に自信があった事なんて1度も無い…と思っていまし。 それを察して下さった上級生から『優等生だね!と言われるのでは無く、舞台人として魅力的だね!と言われるようになりたいよね』と言われた事で、目の前がパーッと明るくなりました そして恩師からは『自信が無いんじゃなくて、向上心があるからだ』と言われ、失敗を恐れず立ち向かえる様になりました。←これはどういう意味ですか? わかりやすい文章にかえておしえてください、お願いします。
  • おそらくですが、最初の部分、できるだけのことはやってきた! →本当にそうなのだろうか?もっとやれることがあったんじゃないだろうか? (その後の、限界は自分が作る、というところが絡んできます。) もしかして、宝塚の舞台にたち、もっともっと上を目指すべきなのに、心の中では「宝塚の舞台に立つために必要な手段」であるはずの「音楽学校の入学試験に合格すること」そのものが目標となってしまっていたのではないか?(成績の1番は取れても100点は取れません。 常に向上心がなければ芸は磨かれないものです、という部分) その結果、 『やりきったと言う言葉は素晴らしい言葉ではあるけれど、自己満足かもしれない…』 と思ってしまうのではないか。 自分(このブログを書いたタカラジェンヌさん)は、生徒のころは優等生扱いされていたが、それが大きな悩みの種だった。 優等生=できて当たり前、失敗したら「優等生が失敗した」と言われ、普通の人が失敗したときよりも反響も大きい。 そもそも、自分は自身を抱いたことなどない。 というのが彼女自身の思い。つまり、いつも「失敗したらどうしよう?」と悩んでいるのが等身大の自分なんだ、と現役時代はいつも思っていたが、恩師の言葉により、「自分がいつも失敗したらどうしよう?と思っていたのは、自分に自信がもてなかったからじゃない。失敗をしないようにしよう=もっともっと上を目指したい、という向上心の表れだったんだ!」とポジティブに考えることができるようになったおかげで、それ以降は失敗を恐れて縮こまるのではなく、失敗することを恐れずに、向上心をもって色々なことに果敢にチャレンジする=失敗を恐れずに立ち向かえるようになった、ということなのではないかと思います。

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